タイムトラベルS56 |
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先日のNHK BS-2「日めくりタイムトラベル」は昭和56年(1981年)がテーマだった。懐かしマニアの庵主の喰いつき度がガクンと下がる80年代なのでさほどのめり込まずに観始めたのだが、やはりもう30年近くも経っていると懐かしくないわけがない。いつのまにやら当時の日記と首っ引きで食い入るように観ていた。
それにしても、番組で取り上げられていた出来事と自分の日記に残る記録とがほとんどリンクしていないのには驚いた。よっぽど世間ズレした生活を送っていたんだなとひとりで恥ずかしくなった。 この年の6月、写植屋の版下職人を止めて小さなマーケティング会社に入社、晴れて念願のグラフィック・デザイナー(の端くれ)になったばかりの庵主には自分の事以外考える余裕はまったくなかったようだ。遅刻の常習犯で、朝礼にも会議にもあえて出ない、日報も書かないという厚顔無恥&傍若無人なとんでもなくサイテーの新入社員だった庵主も、日記には自分の社会適応能力やデザインセンスに疑問を持ち始めひとり悩みもがいている様子が書き連ねてある。おや、案外繊細だったじゃないか自分。まあこれじゃあ世間を見渡すことなんて出来っこないよね、もう自分のことでイッパイイッパイなんだもの。ほんまもんの厚顔無恥&傍若無人に成った今の庵主からみると、この頃はずいぶんムリしてたんだなと今さらながら切なくなってきた。 番組と日記がリンクしていたのは、ヤンバルクイナ発見と石原裕次郎退院くらいしかなかった。英国王室ロイヤルウェディングも「蜂の一刺し」もマザー・テレサやワレサ議長、ローマ法王の来日も、中国残留日本人孤児も台湾航空機墜落事故も北炭夕張炭坑事故についても、まるで記述がないのである。深川通り魔殺人事件と三和銀行オンライン詐欺事件だけは、犯人Kの純白のブリーフ姿と、犯人Iの騒がれていたほど美人とは思えなかった垢抜けないルックスが画的に印象に残っているくらいだ。 新聞も取ってないし、テレビを観る時間もない、才能もなければ金も資産もなにもない、そんな追い詰められていた日々だった。初めて専用のキッチンとトイレが付いた(風呂はナシ)家賃四万円のアパートへ引っ越したこの年。電話とベッドはやっと手に入れたが、エアコンもビデオももちろんまだなく、珍しく飼い猫もいない空白のこの年。生まれて初めて倒れるほどの胃痛を経験したのもこの年。とにかく散々だったこの年は、翌年フリーになって高く飛び上がるためにグッと膝を曲げ腰を落としている状態だったということにしておこう。こういう“溜め”の時期も人生には必要なんだよっていう方向で…。 この年流行ったものとして番組で取り上げていた「なんとなくクリスタル」も、ハマトラ・ニュートラファッションもちっともイイと思えなかったし、ヒットソングベスト3の「ルビーの指輪」「奥飛騨慕情」「スニーカーぶる〜す」もぜんぜん好きじゃなかった。「ストリッパー」「おまえがパラダイス」「愛はかげろう」なら分かるけど…。 ついでに封切り映画なら「エレファントマン」「ストーカー」「ブリキの太鼓」がマイベスト3だ。 懐古マニアの庵主でもさすがにもう一度戻りたいとは思わないそんな昭和56年なんですけども、お友だちにとってはどんな年でしたかね?戻りたい? 「懐かしい本と雑貨・修平庵」はこちら 現在制作に取りかかっているのは藤圭子のCD-BOX。奇しくもこの昭和56年“藤圭似子”として再デビューしておりますな。 風呂場だったり手洗いだったり、少しでも涼しいところを見つけて寝床にするトフト。 |
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